2007年6月10日 (日)

昨晩の土曜ワイド劇場

どうでもいいことなんだけど。しかし「サスペンス劇場好き」としては
どうしても触れておかなければならないような気がして、こうして
筆をとった次第である。
昨日6月9日の土曜ワイド劇場。主演・橋爪功。
「天才刑事・野呂盆六〜スワンの涙〜本庁のコロンボVS美人編集者」
・・・・どうだろう?このタイトル。特別、サスペンス劇場に思い入れのない人
から見れば、なんてことはない、ただのサスペンス劇場のタイトルにしか見えない
だろう。しかし。「サスペンス劇場が好きでたまらない」そんな輩の目には
このタイトルは「ちょっといかがなものか」に映るのである。
なにせ冒頭から「天才刑事」だもの。今までのサスペンス劇場には、こんな
「そのまんま」なフレーズは絶対に使われなかったと思う。
なにかしら、クスっとしてしまうような、そんな「ひねり」が加わってた。
例えば、「お祭り弁護士」とか「はみだし弁護士」「ラーメン刑事」「おばさんデカ」
「弁護士芸者」「盲人探偵」「車椅子の弁護士」etc,etc・・・・・
サスペンス劇場の醍醐味って、この「フレーズ」にあると思うんだけど
今回のコレって、まんま「天才刑事」・・・どうなんだ?そして
私が眉をしかめたのはコレだけではない。「本庁のコロンボ」というフレーズにも
何かカチンときた。本庁のコロンボ。
これもある意味「そのまんま」なフレーズである。
中村梅雀主演の「信濃のコロンボ」、これだったらサスペンス劇場的なのだ。
例えば「高田馬場のジェーン・バーキン」「江古田のビヨンセ」とか、
こういうフレーズって「いやぁ、ちょっとしたシャレですから」なノリが楽しい
わけである。それなのに「本庁のコロンボ」は、あまりにも、そのまんますぎて
シャレ感が感じられないのだ。
そんなわけで、肝心の内容であるが、橋爪功演じる、天才刑事・野呂盆六。
らくだ色のヨレたコートと背広は、そのまんまコロンボ感ムンムンである。
そして、なにかにつけて、やたらとパシャパシャ写真を撮り、いつも
薄汚い紙袋持参。(この中には、はたから見てたら「なんだこりゃ?」なモノ
なんだけど、盆六的には捜査に役に立ちそうな小物が入っている。)
そして、周りの人間をケムに巻くようなマイペースな人柄に加え
「〜〜〜みゃ〜〜〜」「ずら」「だべさ〜〜」など、アンタどこの出身だよと
つっこみたくなるような滅茶苦茶な方言使い。
これは「子供時代に父親の仕事の関係で日本全国を引っ越しまくってたから、
こんなふうになってしまったんだがや〜。」とドラマの中で本人が説明していたが
これが、事件解決のトリック説明の段階になると事態は一転、突然、流暢な標準語に
なるのである、そんなキャラ立て、橋爪演じる野呂盆六。
パっと見、どうしようもなさそうなヤツが実は凄い奴だった、
なんて設定はよくある事だけど、どうなんだろう、今回のコイツ。
名前からして「愚鈍そう」ではあるが、でも、
最初から「天才刑事」って言われてる状態だから、
脳ある鷹は爪隠してても、何かピンとこないし、肝心の
ラストの謎解きは「素人でも分かるだろう、そんなふうじゃ」ってノリで
ちょっと、お粗末な結果だったような気もするし。
要するに、今回のこのサスペンスは、わたくしアビコ的には
「イマイチ」だったという事である。
やはりサスペンス劇場には「つべこべ言わせない、有無を言わさぬ強引な力技」
のようなものが必要なのではないかと思う。船越英一郎主演の
「火災調査官・紅蓮次郎シリーズ」なんて、ほんとに、強引。
火事に絡む殺人事件を調査する船越演じる紅蓮次郎、キメ台詞は
「俺は火をもてあそぶ奴は許せないんだよ!!」そして、案の定ものすごく
ベタなシーンの連発、河原の土手で、同僚の調査官(宇梶剛士)と殴り合いの
喧嘩とかしてて、でもやっぱり最後は和解して笑いあってたりとか、
「今さらそんなのホントにありかよ」な、シーン連発なのだが
「でもまぁサスペンス劇場だから・・・しかも船越だし・・・」
と、許してしまう・・・そんな強引さが、この「紅蓮次郎シリーズ」にはある。
そしてそれがサスペンス劇場の醍醐味のはずだ。それを考えると
今回の「野呂盆六シリーズ」は残念ながら、その部分が弱かったような気がする。
てゆうか、キャラ作り込みすぎだったんじゃないか?なんてまぁ、
熱く語り過ぎてちょっと疲れた。なんでかとゆうと私は今妊婦だからである。

私、妊婦になっちゃったんですよねぇ。

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2007年3月13日 (火)

無敵男・セクシー

昨晩、ティーヌンにメシ食いに行ったら、店の人に「お久しぶりですね!!」と言われた。
すごい。ついに顔を覚えられるまでになったのか、私。
「デラトムをむさぼり食う女」として記憶しててくれたのだろうか。
相変わらず、今朝になったら唐辛子効果で腹下してたが、しかし、うまいもんだから
またそのうち行くであろう、ティーヌン。

ところで、今日の午後、12チャンネルで映画「デスペラード」を観てしまった。
DVD持ってるくせに、映像が流れはじめると、どうしても目が離せなくなってしまい、
そして結局観てしまう。最高である、やっぱり。無敵の男、伝説のガンマン・マリアッチ。
かっこよすぎて「あああ、私もこんなに強くてセクシーな男になりたい!!!」と
またしても悶絶。「あああ、こんな男に抱かれたい!!!」ではなく
私の場合は「こんな男になりたい!!!」なのであった、伝説のガンマン・マリエッチ。
(あんまり強そうな名前じゃないな)
「座頭市」にしろ、「燃えよドラゴン」にしろ、私は無敵の男に、死ぬ程憧れてる
女である。私は無敵の男になりたいのである、女だけど。
これらの映画を観た後、私はいつも、「高倉健のヤクザ映画を観た後の観客」のように
座頭市やブルース・リーや、マリアッチのモノマネをしたくなる。
以前、結婚してた時に、ブルース・リーのキックのマネを家でしてた事があったが
その時の夫は、どうしたものかと言わんばかりの顔で、私のキックを眺めていた。
ブルース・リーの声マネおよび、顔マネまでし始めたら、それはさすがにマズイだろうと
思って、そこまではやらなかったが。
現在の夫の前では、無敵の男達のモノマネはやってない。
うっかり座頭市の顔マネなんぞやって「勃起不全」なんて、なられたら困る。
なので、現在は、無敵男のスピリットだけを、消えない入れ墨のごとく
深く心に刻んでるという塩梅である。
それにつけても、これらの、無敵男達の醸し出す「セクシーぶり」には、いつも
唸らされる。私が思うに「大人と子供の身分の差がハッキリしている」「いつ死ぬか
わからないような、崖っぷち的境遇に立たされている」「自分が男である、もしくは
女である、という事にハナクソほども疑問を感じてない」「どこまでいっても
男は男であり、女は女である」・・・・・・
これらがガッツリ、ガン首揃えた時に初めて「セクシー」が生まれるのではないか。
のほほん・ほっこり・天然生活でリンカランな土壌からは、
セクシーは生まれにくいのではないだろうか。
でもまあ、「セクシーの好み」も人それぞれだから一概には言えないが。
要するに、私の場合は「こんなカンジのセクシーが好き」って事である。
・・・・・ああ、次、生まれてくる時は、是非とも、無敵な男に生まれたいものである。
きっと、「冥府魔道な人生」を歩む事になるであろうけど。

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2007年3月 8日 (木)

姉キャン&さくらん

お姉さん系CanCan、通称・姉キャンが売れ行き絶好調、そして
どうやらついに完売したらしい。凄いな、姉キャン。きのう、山手線の中で
姉キャンの車内吊りを見たのだが「姉ベーシック」とか「姉メイク」とか、
今からでもすぐ使いたくなるような、グッとくるフレーズが、
押切もえちゃんの笑顔の写真の周りにチリバメられている。他にも
「姉キャンLADY」「姉カッコイイ系VS姉かわいい系」など
「やられた!!」と地団駄踏みたくなるようなコピーが数多く存在するようだ。
それにつけても、私、きのう車内吊り見るまで「姉キャン」じゃなくて「姐キャン」
だと思ってた。「姐」じゃなくて「姉」かよ、と最初思ったのだが、
でもまあ、20代そこらの娘さんが、「三代目姐・岩下志麻」とか目指すわけないしな。
「姐系タバコの吸い方」とか「姐系はこう着物を着る!!」とか、
個人的にはスゴク興味があるんだけど。

そんなわけで、きのう、池袋シネリーブルで今話題の映画「さくらん」を
観てきました。映像照明技師やってる大庭クンと、ライター・中野渡じゅんいち氏、
うちの夫の人、それと私で合計4人。たまたま水曜日のレディスデーだったからか、
それともガールズムービーというフレコミのせいかは分からないが、
会場の客の8割は全員女。それも皆、若いコばっかしだったんで、
なんだか、女子高時代を思い出してしまった私であった。(ちなみに、以前、渋谷で
「デブラ・ウインガーをさがして」とゆう映画を観た時は、客の9割5分が女で
しかも年齢層が皆30代以降という、前代未聞な経験をした事がある。)
そんなわけで、映像美や菅野美穂・木村佳乃の濡れ場が話題の「さくらん」であるが
観ている間中、どうしても、五社英雄の「吉原炎上」と比較してしまって、
さくらん関係者からすれば、多分私は迷惑な客だったのではないだろうか。
なるべく吉原炎上の事は考えないように、考えないようにしていたのに、
しかしやはり、あの作品は「花魁映画の金字塔」「情念の鬼」・・・・
ある意味、バケモノみたいな映画である。
忘れようったって、そう簡単には忘れられるわけがないのである。
だからもう、さくらんを観ている間中、ずーっと、
「菅野美穂の、この役所は吉原炎上でいえば、『二宮さよ子』かしら?」とか
「そうすると木村佳乃は『藤真利子』ね。」「『西川峰子』と『かたせ梨乃』のキャラは
出てこないのかしら?」「安藤政信のこの役は、やっぱり『左とん平』ってことになるの?」
等など・・・・・ホントに、さくらん関係者に、こんな事妄想してるのバレたら
映画館から、つまみ出されるのではないかと思われるような事ばかり考えていた。
てなわけで、主演の土屋アンナだが、「この役、土屋アンナじゃなくて、
アン・ルイスじゃダメかしら?」と思ったのは私だけだろうか?

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2007年2月28日 (水)

キャンディと森進一

クリスチャン・マルカンとゆう人が監督した映画「キャンディ」を観た。
以前からレンタルビデオ屋で、気になってた映画である。
「オシャレ系エッチ映画」との事で、1968年の作品。なんか美大生とか
デザイン専門学校生とか、そのへんの人達が好みそうなジャンルである。
内容は「超可愛いキャンディ(舌足らずでブロンド)に遭遇した男達が、
みんな彼女のとりこになって、オカシクなってしまう」とゆうよおなオハナシで、
はっきりいって内容は特におもしろいわけでもない。
キャンディ役の女優の可愛さ以外、あんまり見るとこないような気がしたのだが、
でも、何故かラストは良かった。「つまんないんだけど、いい映画だった。」って、
よくわかんない感想ではあるが、でも、ともかくそんな感じ。
てゆうか、この、キャンディのキャラクターが、なんか、
「吾妻ひでおの漫画に出てきそう」な、そーゆーキャラだったんである。私はそう思った。
そんで、なんか、ありえない不条理なシーンの連発なのも、
「吾妻ひでおの不条理SF漫画」みたいなのであった。私はそう思ったのであった。
吾妻ひでおの漫画が好きな人が観たら、きっと、そう思うに違いない。
吾妻ひでおが漫画で描けばいいのに、とさえ思った私であった。

ところで「おふくろさん騒動」。オシャレ系映画の事書いといて、いきなり
森進一の話題も何だが、さっき、テレ朝のワイドスクランブルで、
「森進一が、おふくろさんの作詞家・川内康範(87)の実家、青森は八戸市まで
わざわざ謝罪に訪れた」シーンが映し出されているのを観た。
訪問時間は、午前8時の朝っぱら、雪のチラつく中である。
玄関前で、面会に応じてもらえないつらさで、渋づらの森進一、
寒さが余計に、身にしみるのだろうか・・・
そんな映像に追い打ちをかけるかのように、いや、追い打ちをかけるというよりも、
まるであざ笑うかのように、テレビの画面の隅には
「森進一(59)みちのく謝罪旅」とゆうテロップが。・・・・みちのく謝罪旅・・・
番組関係者が、おもしろがってつけたとしか思えないテロップである。
「おふくろさん騒動」ってネーミングも、最初耳にした時、深刻な話なんだろうけど
でも何故か、吹き出したくなるような響きがあった。それに更に上乗せして
「小雪のチラつく、この冬空の中、みちのく謝罪旅」って・・・森進一らしさ爆発だろう。
今回、私はこのワイドスクランブルで、
「森進一の人生が凝縮されたような濃い、ひとコマを見た」と、思った。
演歌歌手は、やはり「演歌な人生」を歩まざるをえないように出来ているのだろうか?
とすると漫画家は?漫画みたいな人生って一体どんな人生だ?
そう、夫に訪ねたら「60歳で胃ガンになるようなのが漫画家の人生なんじゃないの?」
と言われた。なんだそれ。

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2007年2月23日 (金)

日本語吹き替え版の女

明け方、「プゥゥゥ〜〜〜ン」という蚊の飛ぶ音で目が覚めた。
左手首が蚊にくわれている。かゆい。仕方なく、押し入れから蚊取り線香を
引っ張り出してきて「夏の香り」に包まれて寝た。しかし、夏の香りといっても、
今は冬場だし、部屋の窓を閉め切った状態なので、煙たくて仕方が無い。季節感ゼロ。
それにしたって、いくら暖冬とはいえ、「2月の蚊」って、どうなんだろう、「2月の蚊」。
繰り返し口にしてみるとなんだか「直木賞受賞したみたいな、深い内容の小説のタイトル」
みたいである。そういえば「3月のライオン」ってタイトルの映画もあったし。
どうやら、なんでもかんでも、自信を持って組み合わせれば、それなりの「深い雰囲気」が、
プ〜ンと漂い出すように出来てるのかもしれない・・・・・「2月の蚊」。ゲージュツ的だ。

ところで私は、海外モノの映画やドラマを日本語吹き替え版で観るのが好きだ。
何故かといえば、日本語吹き替えって、なんだか「バカみたいでおもしろいから」
である。例えば「13日の金曜日」とかの、ホラー映画を思い出してほしい。
あれに出てくる、まだ殺される前の若者達の「はしゃぎっぷり・騒ぎっぷり」の吹き替えは、
いつも素晴らしいと思う。「ヒャッホ〜〜〜〜イ!!!!」とか、とにかく「バカ」である。
「現実にこんな騒ぎ方をする若者はいるのか?」といつも、あきれかえるのだが
「いや、しかし、アメリカあたりに行けば、こういう声を出して騒ぐバカは沢山いるのかも
しれない。」と、思い直させてしまう力が、日本語吹き替えには、ある。
そんな、リアルなんだか、ウソくさいんだかワケが分からない日本語吹き替えの中で
私がダントツで好きな、特有のフレーズ。それがコレである。
「彼とはもう、寝たの?」
耳にするたびに、私はいつも吹き出しそうになるのだが、何故なんだろう?
何故「セックスをした」という表現を、日本語の吹き替えは「寝る・寝た」と表現するのか。
今日、午前中、私は、メグ・ライアン&ビリー・クリスタル主演の「恋人達の予感」を
日本語吹き替え版で観ていたのだが、その中でも、やはりそうだった。
「あなたは私と寝る事だけが目的だったの!!?」とか「彼女とは当然寝たよ。」等など、
「寝る・寝た」のオンパレードなのである。今、日本人で、こんな表現を使ってる人って
多分、皆無なのではないだろうか。にもかかわらず、何故、日本語吹き替えは、
そんな事はおかまいなしに、この表現を使い続けるのだろう?
「彼とは、もう寝たの?」自分が友達に聞いてる所を想像して、私は口に出して言ってみた。
「タカコ、あんた彼とは、もう寝たの?」「あの男はアンタと寝る事だけが目的の男よ!!」
「そんな事は百も承知でアタシは寝たわ!!」「それがわかってて、なんであんなヤツと
寝るのよ!!」・・・・普段なら「ヤる、ヤッた」で表現する所を、
私はちゃんと、日本語吹き替え版で表現して、そして声に出して言ってみた。
雨の、そぼ降る昼下がり、こんなセリフを私は口に出して言ってみた。
そして私は、なんとなくわかった。
「・・・・なんか、ちょっと、小粋な気分になるんだな・・・。」
女・37歳、もういい加減大人だが、私はこの表現法で、さらに自分が大人に、小粋に
なったような錯覚に陥った・・・・これからは、ヤッただの何だの、
そんなガサツな表現はやめて「日本語吹き替え版の女」になってみるのもいいかも
しれない・・・・「彼とはもう、寝たの?」・・・今後、友達と、そのたぐいの話を
するには時には、こう問いかけてみることにしよう。問われた方も、なんだか自分が
映画の登場人物になったような気分に浸れるかもしれない。・・・しかし、言ってる矢先に
自分から吹き出さなければいいのだが。(多分、吹き出す)

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2007年2月 3日 (土)

幸せのちから・・・

今日は、元・夫と一緒に住んでる、娘のフーちゃんと面会の日だ。
(と、こう、サラッと書いたつもりではあるが、読む人が読んだらなんだか
重い気分になりそうな一文ではあるな)昼に中野で待ち合わせ。
レゴとか作って遊ぶ予定。一緒にメシ食ったり、布団で寝たり、
風呂に入ったりもできる。うれしい。私、今日、おかあさん。

ところで、きのう、観る予定もなかったのに、トートツに映画を
観に行った。場所は新宿・歌舞伎町。ウィル・スミス主演の話題作
「幸せのちから」である。ホームレスから億万長者になった、
アメリカンドリームを実現させた実在の人物の物語。単なるサクセスストーリー
ではなく、父子愛をも練り込んだ感動のドラマ、と言う事で、デート用に
おあつらえ向きの映画らしく、客席はカップルで一杯だった。
私の前に座ってたカップル(推定年齢19、20くらい)は映画が始まる前から、
ちちくりあってはいなかったが、ちちくりあいそうな勢いのイチャつきぶりであった。
甘い雰囲気で優しく彼女の髪をなでたり、鼻にキッスをする男・・無造作ヘアの
今時の男の子だ。そして、白いコートにピンクのバッグを持った彼女の方も
今時といえば今時の女の子である。彼を見つめる瞳は、どこまでも恋をする女の瞳だ・・・
そしてそんな光景を後部座席から、ねぶるように見つめる、わたくしアビコ37歳・・・
彼のもう片方の手にはポップコーン・・彼女がバッグの中から取り出した手帖は
ティンカーベルのイラストのデザインのもので、「そうか、私のまわりにはこういう
男女っていない」と、改めて認識したのであった。で、肝心の映画の方であるが、
どんな困難にもめげず、たくましく現実と向かい合う親子が描かれてて
多分素晴らしいのだと思うが、私はなんだかもう。映画観てる間中、ずーっと
ハラハラしっぱなしでくたびれてしまってた。だって、「ああ、ついに幸運を
つかんだ!!」と思ったら、急転直下、また不運に見舞われたりの連続で
「もう、どうでもいいから早くあの親子を幸せにしてよ!!!」と叫び出したい
気分に駆り立てられて、・・・これって、こらえ性がないんだろうか?
私がこんな、きりもみ状態になってる中、ふと気が付けば、前に座ってる
カップルの女の子の方が、鼻にタオル地のハンカチをあてて・・泣いている!!
しまった!!やられた!!・・・そして、負けた!!と私は思った・・・・
・・・これがもしかして「正しい」のかもしれない・・と、私はうなだれた・・・
この女はすごく正しく、この映画を満喫している・・・多分、彼女は
「武士の一分」を観ても、こんなふうに泣くのであろう、それにひきかえ私ときたら・・・
きっと彼女はこの後、映画館を出たら、彼とどこかで「お食事」をするのだろう。
そして「すっごい良かったね〜〜〜」なんて、まっとうな感想を語り合うのだろう・・・
それでいい・・それがいい・・・そんなふうに出来る方が、もしかしたら
女として幸せなんじゃないだろうか・・・と、私は、ウィル・スミスの顔よりも
その女の顔ばかり、ずっとながめてしまってた・・・って、映画館に何をしに行ったんだ、私は。
そんなわけで、「実話系サクセスストーリー」ということだったけど、
それだったら、私は「エリン・ブロコビッチ」の方が好きかもと思った。
「幸せのちから」は、観終わった後、あんまりスカッとしない。サクセスものだったら
スカっとしそうなものだが、それがない。ステップアップしていくというよりも
初めから終わりまで、全財産21ドルで耐えに耐えた、みたいな、そんな内容だった
ような気がする。

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