2018年5月21日 (月)

豚肉と私

「貴様と俺」というフレーズが何故かしっくりくるのである。
「私と豚塊肉」。ああ、ぶたかたまりにく。

あれは確か3月の半ば頃か。
夜の10時過ぎくらいに私は、トートツに、モーレツに、
「豚塊肉を蒸したく」なったのである。
豚塊肉を食べたい、のではなく、蒸したい、である。

実は私の中には、何故だか分からないが「一度でいいから豚塊肉を蒸してみたい」
という欲望があった。焼くでも煮るでもなく、ただひたすら、蒸す。

蒸し上げられてむっちりとした豚肉を想像したら、いてもたってもいられなくなり、
酔った勢いも手伝って、近所の24時間スーパーに直行。
「むんず」と、豚バラブロックのパックを掴み取り、レジでお金を払い、
急ぎ足(か、もしくは千鳥足)で帰宅。
小娘の衣服を剥ぎ取るように、肉のラップをメリメリと破き、そして。
「・・・・やっぱり、ゆでよう」
どういうわけか、突如、路線変更。フライパンの中でお湯を沸かして、
そのなかにドブンと肉を放り込んだ。
私の中でなんとなく「まだ、とっておこう」という気になったのである。
「豚塊肉を蒸す、という快楽」を、別の機会にまた今度、という事で。
快楽の寸止めもまた、快楽である。
ゆであがった豚肉を、包丁でそぎ切りにして、塩をふって、台所で立ったまま、
原始人のように食べたら美味かった。

それから約2ヶ月後の、先週土曜、夜。
私の中でまたしても「豚塊肉を蒸したい!!!」というシグナルが発動した。
(大体、こういう時は酔っている)
で、家族はもう寝静まっていたのだが、激しい欲望には抗えず、またしても24時間スーパーに直行。
今回は、豚バラブロックを2つ購入。相当、蒸しまくりたいようである。
「蒸す!蒸す!蒸す!!!」
・・・ああ、それなのにこの夜は・・・快楽よりも眠気に負けてしまった。
スーパーの帰り道、どんどん眠たくなってしまい、結局帰宅後、肉を冷蔵庫にぶっ込んで
そのまま寝てしまったのだ。

翌、日曜日。
さわやかな晴天、肉を蒸すにはもってこいな「蒸し日和」。
・・・・・が。
結局、この日も私は、蒸さなかった。
またしても「別の機会にとっておこう」と、快楽を寸止めにしたのだ。
「いつ蒸すの!?今でしょ!!??」と、林修先生から説教くらいそうだが、
いやいやまだまだ・・・私はこの快楽の爆発を、まだためておきたいのである。
ためてためて妄想に取り憑かれる、これもまたひとつの快楽。

結局、深夜に買った豚バラブロックはこの日、
2本仲良くチャーシューになりました。
これもまた、台所で「あともう1枚、もう1枚」と包丁でそぎ切りにして、
立ち食いするのが一番美味く感じられる。

にしても、肉を蒸さぬまま「急死」とかしたら、
これは死んでも死にきれない。台所の地縛霊になんてなりたくない。
「いつ蒸すの!?今でしょ!!」と自分に言い聞かせてたりするのも、また事実。
・・・・今度の誕生日あたりに、いよいよ蒸してもいい・・・かもしれない。


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2018年4月29日 (日)

足の裏・・・・って!

その日私は退屈だった。
原稿を描かなければならないのに、ダラダラとYouTubeをタレ流して観ていた。
そこで。
私はとんでもない動画に出くわした。それが、これだ。
https://www.youtube.com/channel/UCpikpcPcoDU_rugUYIIpf_w
「足の裏から人間になるには」

・・・一体何の動画だよというタイトルなのだが、
実はこれ、とても有名な美容系YouTubeなんだそうである。
動画作成のご本人曰く「自分、足の裏みたいな、のぺらっとした顔をしてる」ので、
「詐欺メイクで可愛くなろう!!」という企画のシロモノ。
それこそ「ガチのどすっぴん」から「フルメイク後、髪を巻いて完了〜♬」
までの状態を、懇切丁寧な説明をまぶし込みながら撮影している。
「足の裏的には、このコンシーラーがベストコスメですよ〜!!」
などと、真似したくなる情報がてんこもり。
・・・にしても。

「自分の事を『足の裏』と呼ぶ女・・・」
私の心は驚愕した。
今だかつて、そんな女がいただろうか、アイアム足の裏。マイネームイズ足の裏。
けれど、己を「足の裏呼ばわり」している割には、悲壮感ややるせなさは感じられない。
動画のムードは「ディズニー大好きな部屋の中で、ほんわか、ほっこり詐欺メイク♬」。
・・・・ここまで読んで、「だからその女のスッピンってどんな感じよ!!?」と、
激しく好奇心を掻きたてられた方も多いであろう・・・「足の裏」さんのどスッピン。

・・・・確かに重たい目元ではある。「何か機嫌でも悪いのか?」と、
うっかり思ってしまいそうな面構えではある。ご本人も「顔面偏差値が低い」とおっしゃっている。
しかし、肌はものすごくきれいである。そして、フェイスラインも美しい。
足の裏さん、頑張って8キロダイエットしたそうである。

足の裏さんの使うコスメは、ドラッグストアやバラエティショップで手に入るものが多い。
それこそ、セザンヌやキャンメイク、メイベリンなど。
そして、「重たい一重を二重にするために」そのために使うのが、ダイソーの絆創膏。
(これが一番、粘着力がいいらしい)
それを細ーくカットして瞼にあてがって二重にするのだ。
そこに、つけまつげをオンして、驚異の詐欺メイクがスタートする。
(ちなみに、足の裏さん曰く「二重の手術はコワイからしたくない」との事)

一連の「足の裏メイク」を観て、私はなんだか泣きそうになってしまった。
単純に「感動」したのだ。
私が尊敬するメイクアップアーティストの渡辺サブロオさんが、
「美しくあることは、自分も楽しめて、まわりの人を幸せにし、世の中に
大いに貢献するのです」と、おっしゃっているのだが、
その言葉通りのことを、足の裏さんは体現していたのである。
動画のコメント欄にも、「元気が出て穏やかになる!」
「努力家さん!」「喋り方や声に癒される、和む」「裏ちゃん、笑った顔可愛い!」
「私も頑張ります!!」などの圧倒的な支持が寄せられている。

さて。
この、足の裏さんの動画を観て、私は自分自身を激しく恥じた。
何故なら私は、今までずーっと自分に対して「文句ばっかり」だったからである。
とにかく、自己評価が低い。だからモノに頼りたくなって、
安いコスメより高いもんの方がいいだろうって思ってたし。
(散財したわりにはブスのまんま)

6月に49歳を迎える私は、鏡を見てガックリする事が
ここ数年激増している。そんなズダボロな所への、「足の裏・降臨」。
単純ではあるが、足の裏さんを見てたら、自分も文句ばっか言ってないで、
ため息ばっかついてないで、ちょっと頑張ってみよう、という気になったのだ。
「この子が『足の裏』だったら、アタシは『尻の穴』よ!!」
・・・・尻の穴から人間になるには。
「尻の穴的には、このくらいの年齢だったらファンデーションは薄めがオススメ!
出来るだけ姿勢良くしてないと老け込むし、顔もほっときゃタルむから、
毎日の顔面ベロ回し体操は必須!!」
ベロ回し体操は以前、取材がらみで3ヶ月やったけどこれ、タルミにすごい効く。
(けれど、取材漫画描き終えて、うっかりやめちまったのが悔やまれる)

てなわけで、最近の私は、めんどくさくとも、足の裏さんの事を思い出しながら、日々、
レロレロとベロ回し体操をやってるのである。

私から見て、足の裏さんは「かかとツルツルのすっごい綺麗な足の裏」って感じですね。

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2018年4月22日 (日)

どうしても追加で書かなければと思う事

拙著「ババア★レッスン」が4月19日に発売された。

原稿自体は昨年末に全て書き上げてたので、「あの事」について書いたのは、
多分もう半年くらい前になるだろうか。
「あの事」とは、写真家のアラーキーさんの事である。
「私が20代の頃、アラーキーのミューズと呼ばれてた女性達の存在は最強だった」的な、
そういう内容の文章を書いたのだ。

私がこの本の中で書いてるミューズは、「KaoRiさん」の事ではありません。
誤解を招く恐れがあるので、ここでお断りさせて頂きます。
(今回、こういう事を書くにあたって、「便乗」と受け止められてしまいそうですが、
絶対にそういうわけではないという事をご理解下さい)

今年4月の頭に、KaoRiさんの告発がネット上で公開されて、
私の中で衝撃が走った。
「事実はこうだったんだよ」という事を目の前に突きつけられて、アワアワしちゃって、
なんというか、穴があったら入りたいような気持ちになってしまったのだ。
何しろ、20代の若かりし頃の私には「アラーキーのミューズ」なんて、
とんでもなくキラキラした存在だったので。
私だけでなく、当時のサブカル女子達はみんなそんなふうに憧れてたんじゃないだろうか。
大昔、ガロのパーティで「最近、荒木さん(私の事)撮ってくれないの、プンプン!」と
拗ねてる女性に会った事もある。
また、別のパーティで遭遇した、「SMスナイパーでアラーキーのモデルをやった」という女の子は、
不思議オーラ全開で、特権意識の塊のように、私には見えた。
本当に、彼女達の存在は私には、ものすごく特別なものに見えたのだ。

時は流れ、私も、結婚だの離婚だの出産や育児なんかやらかしてたら、
アラーキーの事はすっかり忘れてしまってた。
「ダレソレがミューズ」とか、そういう事は、もうどーでもよくなっていたのである。
KaoRiさんの事も、今回の告発で初めて知った。
全文を読んで、私の中にあった、
「アラーキーのミューズは、きっと周囲の人達に、とんでもなくチヤホヤされてるに違いない」
という思い込みは、木っ端微塵に砕け散った。
そして自分の、「自意識過剰で無知だった子娘時代」を、とんでもなく恥ずかしく思った。
なんだか「今までごめんなさい」という感情まで沸き起こったほどである。

で、サムソン高橋さんに「元モデルの湯沢京ちゃんもそうだよ」と、聞いて驚いた。
オリーブモデルで一世を風靡した湯沢京、現在美術家の湯沢薫さん。
アラーキーのセクハラがきっかけで、モデルを引退してたなんて、全く知らなかった。
何年も前に、彼女のフェイスブック上で、それに関する告発文が出てたらしいけど、
ぜんぜん耳に入ってこなかったってどーゆーこった??

昨今の、世間でのセクハラ問題、テレビやニュースでバンバンやってるけど、
アラーキーに関しては、何も、一切触れられてない。
ネット上だけでしか、話題になってない。なんで?権力?
結局、時の流れとともに、ウヤムヤにされて終わる、のだろうか?
湯沢さんの告発が、あまり世間に広まらなかったように。

アラーキーの写真集の過去の評判は「大絶賛」だったと思う。
けど、告発文が世に出回ったら、一夜にして「キモい」に成り下がった。
なんだか、今時の若者で知らない人達も多いみたいだし。
当時、アラーキーのミューズと呼ばれてた女性達って、今、何やってるのかな。
なんだか「終焉」という言葉が頭をよぎる。
「あの時代は終わった」みたいな。
私も、四捨五入すれば50歳だ。
人の事を羨ましがってばかりいた自分に「サヨウナラ」しなければと切に思う。

KaoRiさん、湯沢さんの心に平穏が訪れる事を祈ります。


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2018年4月17日 (火)

若い頃は、狂ったように化粧品に投資していた。
というのも、とにかく「美肌」になりたかったから。
高校卒業後、上京してからの慣れない一人暮らしで、顔面ニキビヅラ地獄に陥った経験が、
私を「化粧品狂女」に仕立て上げたのだ。

1個1万円の洗顔石鹸を「清水の舞台から飛び降りる」・・・・なんて感覚皆無で、
やたらと目をギラギラさせながら買っていた。で、飽きるとまた次。
そんなふうに次から次へとジプシーするもんだから、
押入れの段ボールは化粧品で溢れかえってる有様だった。
化粧水や美容液、クリーム等など、私、今まで一体いくら化粧品にカネぶっ込んだんだか。
自称「何もしてない」のに「美肌」な女を憎みきってたなぁ、当時は(←ブス・メンタル)。

私がそんな「化粧品ケモノ道」からスッパリ足を洗ったのは、「着物」のせいである。
今年の6月で、着物にハマって丸2年になる。
自分の人生で、「ここにはある程度カネかけてもいい」
「しかしここは、もう締められるだけ締めたれ」
というのが、着物に出会ってハッキリしたというわけである。
とはいえ、アホみたいな金額を着物にぶっ込んでるわけではない。
映画「細雪」に出てくるみたいな着物、私、全く興味ないしなぁ。
木綿とか、家で洗濯できる着物が楽でいい。

で、そんな化粧品狂時代を歩んできた過去があるから、
今、この瞬間、私は驚いている。漫☆画太郎先生の漫画に出てきそうな顔で驚いている。

だって。

私、化粧品を「リピート買い」したのである。
こんだけ化粧品バカだった私が、リピート買いした商品・・・・それは。
ロート製薬の「50の恵」。
ドラッグストアで、確か千円くらい。詰め替え用は千円もしなかった。
その、千円もしないやつを、ポンプ式の容器に、漫☆画太郎先生的顔で、
ミュ〜〜〜・・・・と、絞り入れてたわけである。

「50の恵」・・・言わずと知れたババア向けコスメだが、この化粧品の初代ミューズは、
あの、松居一代であった。「あの」一代、である。
「ディオールのミューズがシャーリーズ・セロン」とか、そういうのと同じレベルで
語っていいものだろうか?
一代がCMでもったいぶった口ぶりで「50の恵み♬」と語る様を見るにつけ、
この化粧品に「よさげ!!」と胸をときめかす女はいるのか?と、私は訝しんでいた。

そんなふうに、「アンチ50の恵」だった私が、どうして、詰め替え用をリピートするまでのユーザーになったか。

ミューズが変わったのである。
50の恵・2代目ミューズ、沢口靖子。
靖子が一代に変わって、2代目を就任したのである。
「・・・・靖子だったら、使ってもいいかもしれない」
私の心は揺れた。
とにかく、化粧品に関してはもう、お金を使いたくなかった。
それで、まず、ネットで「50の恵」の評判を検索。
「今ままでSK-IIに散々カネをかけてたのがバカみたい!!」という、アットコスメの
口コミ(50代女)が私の背中を激しく押した。
思い立ったら吉日。
すぐさま私は、歩いて2分くらいのとこにあるドラッグストアに猛ダッシュで駆け込んだ。
そして、やおら「試用品」と書かれたコイツのポンプ部分をブシュっと押して、
ブツを手のひらにのせ。有無も言わさずグリグリと頬に刷り込んだ。
じっくりと馴染ませ、目を閉じて肌への浸透を確かめる・・・クワ!!(開眼)
「・・・これはイケるかもしれない・・・!!」

こうして、昨年の11月頃から使い始めた、ウチの「50」。
最近になってようやく使い終わったのである、なんともまぁ、コスパよし。
香りに好き嫌いが分かれるかもしれないが、本当にコレひとつで事足りる。

相性もあるかもしれないが、化粧品は「高ければいい」わけではない。
とりあえず私、沢口靖子がミューズでいる間は使い続けたいと思ってる。
そして、あと何年後になるだろうか、靖子の次を引き継ぐ、3代目ミューズが誰になるのか、
実はちょっと楽しみにしてたりするのである。

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2018年4月15日 (日)

いきなり10年くらいすっ飛び抜けた

最初にこのブログを書き出してから、いきなり10年くらいがすっ飛び抜けた。
放置してからどんくらいたっただろう。
何故また書く気になったもんだか。
この心境の変化は何か?といえば、子供らが皆、ある程度成長して、精神的な余裕が生まれたからかもしれない。それしかない。ほんとに、光陰矢の如し、である。

子供、4人いるうちの一番上の長女は、4月に大学生になった。
その次は、長男が5年生、次男3年、次女1年。
私はもうすぐ、6月がきたら、あー、49歳である。49歳ってどういうこった。
私は、初めて小学校に行った日の事を今でも覚えている。
初めての登校日、家を出る時に母が「鏡を見ていきなさい」と、小さい卓上鏡を渡してきて、なんか、髪の毛とかなおした。
そして、汽車に乗って(田舎だったので、集団登校で、汽車で隣町の学校に行ってたのだ)
学校の玄関の下駄箱が「なんかクレヨンのにおいがする」と思った事。
そういう事が、何故か「つい、このあいだ」みたいな気がするんだけど、
夫が言うには「それってだから老化だよ」らしい。
トシとると、大昔の事が、ついこないだみたいなふうに思えるんですって。

時代は、すっ飛び抜けて。
私は昨日、ガラケーからスマホに変えた。
イマドキはもう、保護者同士のやりとりは「ライン」なのであった。
で、知り合いのお母さんに会う度に「スマホにしないんですか〜〜?」と言われてた。
機械関係が苦手な私は、そう言われるたびに「ああ、なんとめんどくさい」と嘆いていたのだが、
いよいよ「ライン入って下さい」という無言の圧力に負けて、スマホに変えた。
ラインに入ってないと、連絡事項とかで、周囲に迷惑かけるらしいんである。

初スマホ。
老眼鏡をかけて、おぼつかない手つきで文字入力の練習をする様は、まさに「ババア」。
小学校の教科書みたいな「活用ガイド」なるものを見ながら悪戦苦闘。
「電話をかけてみよう」とか「文字を入力しよう」とか。
まぁ、このへんは我慢できる。しかし、「バックアップ」とか「初期登録」なんて単語が出てくると、
途端にイライラし始めて、思いっきりその「教科書」を鬼の形相で真っ二つに引き裂きたくなった。
老害。しかし「大人なんだから!!」と、その衝動はグッとは抑えた。

で、離れて住んでる長女に、ショートメールを「自力で誰にも頼らず」送ったら、
「ガンバレ!!」と返事が来た。そして「ラインはやってる?」との事。
なんというか、イマドキの若者とリアルに接したような、そうか、世間は皆こうなのかと、
自分が化石みたいになってた事を実感した。

「けっ、スマホなんて!!」と昨晩は酒飲んで荒れてた。
朝起きた時も「スマホの勉強・・・」と、鼻にシワよせて、思いっきり臭いもの嗅いだみたいな顔してた。けど、長女に「ガンバレ」と返信をもらって、途端に彼女が身近に感じられて「ちょっと頑張ってみようかな♬」とか思うのは、まったく現金な話である。

とりあえず、こーやって、4月の休日は過ぎてゆく。
片手にサントリーのハイボール。


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2009年6月 4日 (木)

直人、そして裕次郎

昨晩、友人ライター白央さんから留守番TELメッセージ。
「藤木直人について緊急に語り合いたいんですがっ!!」
・・・急を要するらしい。はたから見てると「あの直人について一体
何をそんなに語りたいのか?」と思われるだろうが、私には分かる、
白央さんのその、あせる気持ち。一応白央さんのケータイに
「明日の晩(つまり今夜)、夜光の階段、テレビでやるから、
それ観ながら語り合いませんか?」というメッセージを残しておいたのだが
ちょっとまだ連絡がとりあえてない。

と、思ってたら今、白央さんからTELが。
今夜は無理なので、来週という事になりました。

それにつけても、「直人について緊急に語り合いたいっ!!」なんて
電話がかかってくる人生って、いいもんである。ありがたいことだ。
さっきの電話で「私もそれ言ったら、7月にやる裕次郎の23回忌法要について
どうしても語り合いたいんだけど!!!」と、切り返したら案の定、白央さんも
それについては黙って通り過ぎる事が出来ない状態だったらしい。

裕次郎23回忌法要・・・7月5日国立競技場にて。
競技場のど真ん中に「裕次郎寺」を建立させ、坊主を160人呼んでの
読経が行われるらしい。そして数千人のコーラス隊が裕次郎のヒット曲を
合唱する中、一般人の観客の献花を受け付けるそうである・・・
寺の屋根には石原家の家紋が輝いてるらしいし
来てくれた人達5万人に、裕次郎オリジナル焼酎がプレゼント。10億円法要。
それなのに入場は無料。どこからそんな金が出てくるのか。
「こんな事して一体誰がもうかるのか?」なんて、ヤボな事は言いっこなしか。
個人的には「坊主160人の読経」が気になる。そんな壮大な読経、
聞いてるうちに、自分があの世の住人にでもなったような気持ちに
なるのではないだろうか?
あの、中国の、耳の聞こえない女性達がやってる千手観音、
あのパフォーマンス並のありがたさを、全身で感じる事が出来そうである。

で、その7月の法要にぶつけてきたのだろう、
今、テレ朝で午後2時から「西部警察」の再放送が始まってる。
久しぶりに観てみたが、オープニング、とにかくもう爆発しまくっている。
車、工場、その他もろもろ、色んなものが爆発している。
そんな爆発の中、ヘリがブンブン飛んでいる。銃もバンバン発砲されてる。
そしてシメはお約束「裕次郎と渡哲也の、ねぎらいのタバコ回し吸い」のシーン・・・
激しい・・・・というか騒々しい。落ち着きがない。
スケールがでかいとかゆう以前の問題で。
今こんなドラマって、ない。ある意味すごいのかもしれない。
最近の刑事ドラマは「人情」とか「心理サスペンス」とかそんなんばっかだし。
「相棒」で、東京マラソン爆走とかやってたけど
西部警察の、「爆発爆発どこまでいっても絶対爆発」に比べたらおとなしいもんである。
こないだ月曜日の再放送じゃ、ドラマの中で館ひろし、刑事なのに
いきなりギター持って、イベント会場で激しいロック(?)歌い出してたし。
なんなの、あれ。ほんと今、こんな刑事ドラマってない。
あきれながらも、うっかり今日も、観てしまいそうである・・・。


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2009年5月28日 (木)

育児キリキリ舞い・・・・

雨が降っている・・・・・雨。
私は雨の音が好き・・・・
布団にくるまって、じっと、雨の降る音を
聞くのが好き・・・・・
って、なんかもう、泣いてたんだけどね。育児。
あんまりにもキツくて。あー、なんでもう、な事のオンパレードでねぇ・・・
いや、フーちゃんが1歳くらいん時も泣いてた記憶があるな。
1歳なんて、キツい年頃よ。赤ん坊よりもドテドテ動き回るし
グチャグチャにするし、言葉あいまいで意志の疎通が
うまくいかなくて、それでゆうことなんて当然聞かないし
まさに家に1匹怪獣がいるような状態なんだもの。
ええ、今日は泣かせてもらいます。
もう、とにかく泣きたい。

で、なんかもうここ最近、人生から逃避したくて
ず〜っと松本清張ばっか読んでんのだ。
「夜光の階段」から始まって「Dの複合」、それから「ゼロの焦点」読み終えた。
大体、物語の舞台が昭和30年代くらいなんで、
「そのころの世相はどうだったんだろう?」となって
サザエさんのその年代のやつを引っ張り出してきて
また読みあさる・・・・またしても逃避。
いつまで続くんだろうか、この状態。

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2009年5月22日 (金)

今日も恐ろしい事が起こった

また恐ろしい事が起こった。
今日、締め切り通りにサーカスの原稿を上げたのだ。
ほんと、明日雪でも降らなきゃいいが。降られては困る。
明日はのぶえんちに、正べえとニュー姐さんとで遊びに行くんである。

しかし、どうにもまた咳が。
豚インフルではなくて、正べえからまたうつされたらしい、風邪。
頭も重いし、ハナもなんだか・・・
以前、サーカスの原稿5ページをネームから完成まで
たったの一日でやったことがある。
漫画を描いた事がない方には分からないかもしれないが、
これはかなりの荒技である。
この荒技をやり遂げた翌日。
熱が出た。
トシもトシなんだし、無理してはいけないという
体からの警告であろう・・・・・
てゆうか、印刷所に迷惑かかるような仕事のしかたはやめろよって、ほんと、多分、
色んな人達の呪いかもしれない。

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2009年5月21日 (木)

原作・夜光の階段

今日はネーム!!!ネームやらんと!!
あー、でも「夜光の階段」、原作読んだけど
すんげぇおもしろかった・・・・ドラマでは木村佳乃がやってる役、
あの女の暴走ぶりがおもしろすぎて、本を閉じる事ができなかった。
で、原作だと、藤木直人がやってるあのキャラ、
設定が実は、あんなにいい男じゃないんでびっくり。
なんか、「平凡な地味な顔立ち」とかって。
だけど、原作読んでるうちに、私の中じゃ、この主人公の男の役、
是非ジュリーに!!そう、沢田研二にやってほしい!!って
そーゆう気分で読んでました。「太陽を盗んだ男」に出てた頃の
若い頃のジュリーが絶対ピッタリだ!!
とはいえ、ネームだってば。
仕事やらないと。
でも今夜はドラマのほう、また観ちゃうんだろーな〜〜、
直人、魅せまくってるよなー。

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2009年5月20日 (水)

美人すぎる♡♡♡

「美人すぎる議員」から「世界で最も美しい女性政治家」へとレベルアップし、
その名を世界に轟かせた、八戸市議会議員・藤川ゆりクン☆
そのゆりクンが先日、またしても「美しすぎる女性ブロガー記者」として
グランプリを獲得した。ゆりクンの進撃はどこまで続くのか。
最初ゆりクンを見た時、素人離れしたその、あまりの可愛さに
ビックリした私である。しかしその後、「大学時代にCanCamとかRayの
読モをやっていた」という事実を知って、なるほどな、と実感。
青森県八戸感のない洗練させた可愛さは、どうやらそこで培ってたようである。
どうりで「素朴・素人・田舎感」がないはずである。
それにつけても、ゆりクン。男受けは間違いないとは思うが
「女受け」はどうなってるのか?正直言えば、私のようなタイプの女は
ゆりクンみたいな女子は苦手である。彼女は「同じクラスにいたら絶対友達になれない」
そういうタイプの女の子である。なんせ、ゆりクンは特技がバレエである。
あれだけ可愛いくてしかもバレエなんかやってたら、私のような女子は
そう簡単には近付けない。それに、可愛い上に気も強そうだし、走らせたら
脚も早そうである。人生において「卑屈にならなきゃいけない要素」が
1ミリも見当たらない女子と、一体どうやって友達づきあいをやったらいいのか。
「きっと友達にはなれないだろう」・・・・・そんな私の妄想が確信へと変わったのは
昨年の冬。テレビでゆりクンの姿を観た時であった。
「ゆりクン・・・・真っ白いコートを着ている・・・!!」
・・・・そうか・・・うすうす感付いてはいたけど、
案の定キミは「白いコートが着れる女」だったのか・・・・
男性からすれば「それがどうしたんだよ。」と言いたいだろうが、
白いコート。これはけっこうなクセモノである。いや、白いコートだけではなく
「白いビキニ」とか「白いスカート・スーツ」は、女にとって相当レベルの高い衣装・・・
そうそう簡単には手の出ないシロモノなのである。
なにせ「汚れそうで困る」とか「体が膨張して見えそう」とか。
それ以前に、それらの「白い衣装」は、「自分の値段をかなり高めに設定しないと
着れない服」なのである。自分に自身のない女・いつも卑屈感を背中にしょってる女は
「白」は着れない。結局黒いコートなんか着てしまう。しかし。
ゆりクンのコートはミルク色・・・可愛らしいフワっとした襟のついた
「ブスには絶対着て欲しくないの。」と、服が主張してそうな、
そんな、人を選ぶコートだった・・・。
「白をなんの躊躇もなく着れる女とは、やっぱり友達になれない・・・。」
白いコート・白いスカート・白ビキニ・・・・それらをなんのためらいもなく
清水の舞台から飛び下りるような覚悟もなく着れる女を、
私はどう扱っていいのか、わからない。
「やっぱりお姫様扱いしなきゃいけないんだろうか・・?」
などと、つまらない事ばかりが頭を駆け巡るので、なんだか疲れてしまうのである。
そして、「はっきりいって、そういう生き方できるのが、すげぇうらやましい」
というふうに、どんどん卑屈になってくし。
一体どうすれば私は、ゆりクンと友達になれるのか?・・・・・・・・
窓辺でタバコをふかしながら、ゆりクンに思いをはせて、
そして私は思い付いた。
名古屋市長・河村たかしの「名古屋弁全開トーク」のように、
ゆりクンも「青森弁全開」で、きてくれないだろうか。
そしたら私も、私のような女達も、ゆりクンに心を開くかもしれない。
そして「美人すぎるだけじゃない・女受けもいい女性政治家」として
またもやグランプリを獲得できるかもしれない・・・・
ゆりクン、今からキャラ変えしてくれる気はないだろうか?(・・・ないだろうな)

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